政治的キャリア志向における男女格差の起源を明らかにする

APSRに掲載された Lawless and Fox (2014) "Uncovering the Origins of the Gender Gap in Political Ambition".を雑にまとめる。

 

www.cambridge.org

 

政治キャリア志向に対する男女格差

公選職に占める女性の割合は著しく小さい。2013年1月の第113回アメリカ合衆国議会の議員のうち男性が占める割合は82%であった。女性議員を求める社会的要請が叫ばれているにも関わらず、実際には、公選職における女性の割合は以前と低い。

なぜ選挙による公職では女性の占める割合が少ないのか?なぜ政治的キャリアを志す女性は少ないのか?いつこのような差異は生じるのか?

 

そこで、筆者らは、サーベイ調査に基づく分析によって、政治キャリア志向における男女格差の起源を説明する。約4000人の高校生および大学生を対象としたサーベイ調査によって、就職前の時点で男女間に政治的なキャリアを目指す志向性に著しい格差が存在することが明らかになった。そして、筆者らはこの格差が生じる要因を「政治的社会化」(political socialization)に求める。筆者らによれば、「政治的社会化」つまり、家庭の政治志向や政治志向を育む学校生活、競争活動への参加、学生一人ひとりの自負心といった要素がもたらす政治志向への影響が男女では異なるという。そして、これらの差異によって、将来における選挙を通して公職を目指す男女間の志向性に大きな差異が生じるという。


学校教育の段階で政治的キャリアに対する志向性の男女格差は顕在的

大部分の成人と同様に、学校教育を受けているような若者も明確には政治家を目指しているわけではない。しかし、政治的キャリアに対する志向性は、男女間で若いうちから存在している。

4000人の学生を対象とした調査によれば、公選職に就くことを何度も考えたことのある男子学生は女性に比べ2倍多い。また、男子生徒の3分の2は、将来のいずれかの時点で、公選職に就くことを「きっと」検討すると答えた一方で、女子生徒は男子生徒よりも45%以上「まず考えない」と回答している。

 

このサーベイでも男女間の差異は明確であるが、高校生および大学生の政治的キャリアに対する漠然とした考えは、実際の心中の志向性とかけはなれているかもしれない。そこで、筆者は仮想的な職業選択に基づいたサーベイによっても、政治的キャリア志向に対する男女間の格差を確認している。

 

筆者らは、学生に対して経営者、教師、セールスマン、あるいは市長のうち将来、何になりたいかを質問した。男女とともに経営をすることや教師になることが上位を占めたが、男子の方が女子よりも3分の2以上多くの割合で「市長」を回答した。

また、より上級職の選択として、企業の重役、弁護士、学校の校長、議会議員を与えたところ、同様に、女子は男子よりも政治的キャリアの選択(「議会議員」)を避ける傾向がみられた。

 

 

政治キャリア志向に対する男女格差の要因:「政治的社会化」

以上の調査によって、学校教育の過程において、すでに政治的キャリア志向の男女格差が存在することがわかった。では、こうした違いの原因はどこから生じるのだろうか。筆者らはこの格差が生じる要因を「政治的社会化」(political socialization)に求める。筆者らの言葉を借りれば、「政治的社会化」とは、政治態度や政治行動を形成する幼少期ないし青年期の経験である。政治的社会化は具体的には以下の5点である。

①Family Socialization

家族関係は若者の政治的志向性にと深い関わりがある。政治にまつわる家族とのやりとりは、幼少期の政治態度を形成する重要な要因となる。例えば、子供がどの政党を支持するかも、しばしば両親の影響が大きい 。

また、シティズンシップや政治活動、政治的利益に対する考えの形成も幼少期での家庭環境に因るところが大きい (Verba, Schlozman, and Burns 2005)。

The Social Logic Of Politics: Personal Networks As Contexts For Political Behavior

The Social Logic Of Politics: Personal Networks As Contexts For Political Behavior

 

 

家庭でのやりとりは若者の政治的関心や志向を形成する。しかし、筆者らによれば、男子に比べ、 女性は過程における政治的な養育に乏しくなる可能性があるという。調査においても、父親と政治に関して話したことを覚えている女子は、男子に比べ、およそ20%少なかった。また、両親が公選職に就くように勧めることも、15%低い。

 

②Political Context.

政治に対する若者の志向を醸成するのは、家族関係に限らない。学校での経験や同世代とのコミュニケーション、あるいはメディアとの接し方は、若者の政治的態度に影響を与える。

 

例えば、学校での政治的な授業は若者の投票行動に与える。

Voice in the Classroom: How an Open Classroom Climate Fosters Political Engagement Among Adolescents | SpringerLink

また、授業以外の課外活動に参加することで、 若者は政治的な考えを形作る。

Political Socialization or Selection? Adolescent Extracurricular Participation and Political Activity in Early Adulthood on JSTOR

若年期にメディアから受ける影響も重要である。新聞などの伝統的なメディアに限らず、インターネットやブログなどは若者の政治的関心や投票率を向上させる傾向がある(Iyengar and Jackman 2004)。

 

学校やその課外活動、メディアなど、若者をとりまく多様な政治化(politicalized)された外部環境は、男女ともに政治的志向を形成するように働きかけることが期待される。しかし、筆者によれば、この点においても男女間で政治的志向に生じるという。こうした男女間の政治的志向形成の差異は、大学の学部や仲間とのふれあいに関係している。

 

歴史的に見ても、女性よりも男性の大学生の方が政治学や公共政策を専攻することが多い。また、インターネット上の傾向としても、男性の方が女性よりも政治に関する情報に時間を費やすことが指摘されている。

 

③Competitive Experiences.

公選職を志す者は競争的な状況を好むことはよく知られている。

生徒会やディベート競技、スポーツに到るまで、若者はしばしば学校での競争的な状況を経験する。競争の経験は、将来、選挙に望む上で重要な要因である。

 

スポーツ競技への参加した経験は、経済ないし心理的にポジティブな利益をもたらす (Lechner 2009)。また、高校にしろ大学にしろ、生徒会に参加することは、政治過程を理解し、政治的キャリアに進むことを啓発する作用もある (Lawless and Fox 2010)。

しかし、筆者によれば、競争的環境によって、男女が受ける影響にも差異が存在するという。

例えば、プロスポーツでも、男性は女性よりも競争的傾向があり、また競争に対して自信を誇示しやすい。そして、そもそも、スポーツ競技において、男女格差が著しいという事実があるという。

 

④Self-Confidence.

自信(Self-Confidence)がどれだけあるかという認知によって、公選職を目指すインセンティブが左右される。

自信(Self-Confidence)の認知の仕方に関しても、男女間で差異が存在することが検証されてきた。男性はより自信家になる傾向があり、積極的かつ上昇志向が高いとされる。他方、自信に溢れる女性のリーダー像に対しては、「不適切」ないし「望ましくない」ものとして解釈されてしまう文化的態度が存在すると指摘される(Enloe 2004; Flammang 1997)。

実際、男性と女性ともに実際の政治的な水準に関わらず、「女性は政治のことを知らない」と認知しやすいようである(Mendez and Osborn 2010)。

www.jstor.org

 

⑤Gender Roles and Identity.

根強く残る男女間の伝統的な役割意識—女は家庭を支え、男は一家の稼ぎ手になる—も男女間の政治的キャリア志向の差異に影響していると考えられる。政治家になること、つまり、公選職を持つことは、「男性の仕事」と捉えられてきた(Hegewisch et al. 2010)。そのため、伝統的な分業意識によって、女性が公選職を志向することに消極的になる可能性がある。

 

ただ、ジェンダーの観点からみたとき、男女の役割意識が政治的志向に与える影響は複雑である。

 

女性の政治的な布教活動や政治的利益は、公選職についた女性政治家のプレゼンスと相関している。Atkeson (2003)は、アメリカにおいて女性政治家の活躍が顕著な州では、そこに住む女性の政治参加も顕著になるという。さらに、多国間分析においても、女性の政治的指導者のプレゼンスが高いほど、女子の政治的活動に対する志向性も高くなることが指摘されている(Campbell and Wolbrecht 2006)。

Not All Cues Are Created Equal: The Conditional Impact of Female Candidates on Political Engagement on JSTOR

つまり、ジェンダー的な観点からの役割意識が、公選職に対する女性の関心を高めることもありうるのである。

 

以上の5つの「政治的社会化」によって、筆者らは、政治的志向性の男女格差を説明しようとする。もちろん、これらの上記の5つの要因は互いに相関しあっており、政治的志向性の男女格差とは複雑な因果関係があることが推察される。しかし、いずれにせよ、若いうちから男女の政治的指向性に差異が生まれることが予測される。

「政治的社会化」の検証


筆者は政治的志向性の男女格差の原因として、実際に「政治的社会化」がどれほど影響力をもっているのか検証している。サーベイによって筆者らは「政治的社会化」に関する指標と公選職への関心度を含んだデータセットを構築している。ロジスティック回帰分析によって、⑤Gender Roles and Identity以外の「政治的社会化」が公選職への関心度と統計的に有意な関係にあることがわかった。つまり、政治に関する家族背景や学校での活動、競争状況の経験の多寡、あるいは自負心の有無が、若者の政治的キャリアに対する関心を左右する。

筆者によれば、男女比較をしたとき、①〜④までの「政治的社会化」によって、公選職への関心がより高まるのは男性である。他方、女性の場合、「政治的社会化」によって政治的キャリアに対する関心が抑制される。

 

さらに、高校生と大学生を比較した時、男女格差はより顕著になる。4つの「政治的社会化」に依存して、男子生徒は女子生徒よりも74%以上政治的キャリアに対する関心を表明しやすくなる。

 

結論

 

以上から、筆者らは男女はともに若いうちから「同じ要因」によって、将来の政治的キャリアに対する関心を深めていくと結論づける。しかし、筆者らが回帰分析によって明らかにしたのは、政治的キャリアに対する興味関心を形成する上で、女性は男性よりも家族との付き合いや学校活動、競争状況の経験の多寡、自負心といった要因のもたらす影響を享受しにくいという事実である。

 

この分析結果は、政治志向上のジェンダーギャップや女性の代議士の数など様々な点で示唆的である。しかし、筆者らは次の点を強調している。

 

It is critical to note, however, that this is not because young women have less of a sense of civic duty or different aspirations for the future than do men. In fact, when we asked the respondents about their priorities and life goals, we found few gender differences; young women and men were equally likely to want to get married, have children, earn a lot of money, and achieve career success. Male and female respondents were also equally likely to aspire to improve their communities.

 

つまり、本研究の分析結果は、「女性が市民的義務に対して意識が希薄である」や「生来的に男と異なった将来への願望を有している」ということによって政治志向に格差が生じているものではないということである。筆者の言葉を借りれば、男女が政治的キャリアに対して関心を抱くようになる要因は同じなのである。男女間の差異を生じるのは、たとえ同じ要因が働いているとしても、若いころの環境の中で男女でその影響の受け方が異なるからである。筆者らによれば、調査では将来の優先順位や人生の目標において、男女間の差異はほとんど見つけられなかったという。男女ともに結婚や子供を持つこと、あるいは、多くの収入を得たり、キャリアで成功することを望んでいるのである。また、男女ともに自身の所属するコミュニティに貢献したいとも考えるのである。

 

しかし、似通ったの人生の目標を有しているのにもかかわらず、社会的な変化を最も効率的にもたらす方法に関して問われた時、男女間で回答に差異が確認できた。女性の回答者のうち35%は、男性が25%だったのに比べ、チャリティーが最も効果的な方法だと答えた。また、26%の男性は、女性が17%のみだったのに比べ、選挙に出ることが社会に変化を起こす最も効率的な方法だと答えた(有意水準1%で統計的な差異が認められる)。つまり、男女とともに自らの取り巻く世界を改善するような仕事がしたいと考える一方で、男性に比べ、女性は政治的なリーダーシップをその方法とは捉えない傾向にあるといえる。

 

雑感:

本研究は若い時期からの追跡的な調査・分析によって政治的キャリア志向に対する男女格差の要因およびその起源に対して、一つの回答を提示した。男女格差の諸要因がもたらす因果関係は複雑に絡み合っているようである。しかし、因果関係は示されたかもしれないが、諸要因がどういった「メカニズム」で男女のキャリア志向に影響を与えたのかが不明確な点もある。今後の課題になるのではないか。 

また、⑤Gender Roles and Identityと女性の政治的な志向性の高低とに有意な関係が認められない分析結果は注目に値する。というのも、伝統的な男女の分業意識を根拠にした社会構成的な説明では女性の政治的キャリアに対する志向度を説明できないことが示唆されるからである。しばしば、社会構成的な説明では、「歴史的に形成された家父長主義的な分業関係によって女性の社会進出が阻害されている」と強調される。しかし、本研究のデータを見る限りはそのような役割意識が女性の政治的キャリアに対する志向度には影響を与えていないのである。もちろん、本研究はアメリカの学生を対象にした調査に基づいているほか、「政治志向」に限った分析である。女性の役割意識に影響を与える文化的な背景は国や地域ごとに多様であるかもしれないし、「社会進出」には政治的キャリアに関わらず企業の管理職や経営など多様な含意がある。しかし、政治的な志向性の高低と伝統的な男女の分業意識に実質的な関係がないことを示した本研究は、直観的な前提を越える上で、データに基づく分析の有用性を示しているのではないだろうか。

 

 

 

 

 

筆者らは論文中で膨大な量の先行研究をあげているが、紙幅の都合上、本ブログで記載した一部を併記する。

tkeson, Lonna Rae. 2003. “Not All Cues Are Created Equal: The Conditional Impact of Female Candidates on Political Engage- ment.” Journal of Politics 65(4): 1040–61.

Enloe, Cynthia. 2004. The Curious Feminist. Berkeley: University of California Press.

Campbell, David E. 2008. “Voice in the Classroom: How an Open Classroom Climate Fosters Political Engagement among Adoles- cents.” Political Behavior 30(4): 437–54.

Hegewisch, Ariane, Hannah Liepmann, Jeff Hayes, and Heidi Hartmann. 2010. Separate and Not Equal? Gender Segregation in the Labor Market and the Gender Wage Gap. Washington, DC: Insti- tute for Women’s Policy Research.

Iyengar, Shanto, and Simon Jackman. 2004. “Technology and Politics: Incentives for Youth Participation.” College Park: Center for Information and Research on Civic Learning and Engagement.

Mendez, Jeanette Morehouse, and Tracy Osborn. 2010. “Gender and the Perception of Knowledge in Political Discussion.” Political Research Quarterly 63(2): 269–79.

Verba, Sidney, Kay Lehman Schlozman, and Nancy Burns. 2005. “Family Ties: Understanding the Intergenerational Transmission of Political Participation.” In The Social Logic of Politics, ed. Alan S. Zuckerman. Philadelphia: Temple University Press.