共産党内で出世すること—党中央委での出世を証明する—

American political science reviewに掲載されたShih, Christopher and Mingxing (2012) Getting Ahead in the Communist Party: Explaining the Advancement of Central Committee Members in China.(「共産党内で出世すること—中国における党中央委での出世を証明する—」)を紹介する。

 

www.cambridge.org

 

前回は、中国共産党における政治的キャリアにおいて、政治的指導者の「経済業績」が重要であると論じる論文を紹介した。

本論では、経済業績論に対抗して、中国共産党の政治的キャリアの昇進においては、派閥関係や学歴が重要であることを論じている。

本論文の概要は以下の通りである。

著者らは、1982年から2007年までの共産党員の階級を含むデータセットを用いて、共産党員の昇進と経済業績との関係を検証した。その結果、共産党員の政治的キャリアの向上と経済業績の間に関連性はなかった。対照的に、党員の政治的キャリアにとって統計的に関係があるのは、派閥による繋がり(factional ties )や教育水準である。あるいは、より軽度であるが、少数民族か否かが、昇進の要因となっている、というと論じられる。



著者らが分析対象にしたのは、中国共産党中央委員会(CCP Central Committee)とその候補委員会(Alternate Central Committee)および政治局常務委員会である。政治局常務委員は、最高意思決定機関であり、次いで、中央委員会、そして中央委員会候補である。これらの中国共産党の主要機関で各党員のランクがどのようなパターンをたどるかを分析することになる。

 

個人レベルで党員の階級(1982-2007)や所属派閥、学歴、民族分類を包括したパネルデータでベイズモデルによる統計分析を行うと、派閥がもっとも党員が昇進できる可能性に影響を与えているという。第16回党会議データでは、党員が所属しているのが鄧小平派閥であれば14ポイント、胡錦濤派閥(中国共産党青年団)は7ポイント、昇進する可能性が高い。これの分析は、各政治的指導者が昇進する前年の経済業績(GDP成長率・財政収入)の影響を差し引いていた上で行われている。つまり、経済業績を考慮しても、派閥が党員の昇進確率に最も影響を与える要因だと結論づけている。

 

ただ、江沢民派閥の党員は平均的な中央委員会候補と同じ水準であった。著者によれば、江沢民の支持者はほとんど行政官の経験がなく、政治的なコネクションもないことから、江沢民の支援があったとしても、せいぜい中央委員会候補に留まるのだという。

 

また、派閥以外にも共産党員の昇進確率を決める要因があるという。派閥に次いで、大きな影響力があると推定されたのは教育水準である。大学卒以上の学歴の影響を除いて分析すると、25%もの党員のランクの下落が推定される。つまり、共産党は大学卒以上の学歴を持つものはやはり昇進しやすいのである。また、党員が少数民族であることも昇進の確率を高める。社会のマイノリティーを体制に取り込むことで、効果的な統治がされていることが示唆される。対照的に、女性は昇進において不利だという。

 

一連の分析を通じて強調されるのは、共産党の昇進と経済業績の間には関連性がないということである。確かに、中国は改革開放の30年を経て、支配の正統性において、経済成長が重要視されてきた経緯がある。そして、中国の統治構造もより能力主義的になったと論じられてきた。しかし、党員「個人レベル」の昇進パターンを分析すると、経済業績は統計的に有意な要因とは言えない。

筆者らが指摘するのは、中国の統治システムは、「権力支持基盤理論」( Bueno de Mesquita et al.  2003)に沿ったものだという。

 

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「権力支持基盤理論 」(the selectrate theory)に関しては、簡単に確認するのにとどめておく。
支持基盤理論では、政権を維持する側と政権を打倒する側で絶えず権力闘争が発生していることを議論の前提に置く。一度、権力を握った政治的指導者は、自分の政権を維持するのに重要な三つのグループを管理しなければならない。

①名目的支持基盤(nominal selectrate)
指導者を選出する権利を理念上持つ集団。民主主義国家における有権者のことを指す。政権に対する影響力は持っていない。

②実質的支持基盤(real selectrate)
政権に影響力を与えることができる支持者の集団。政治的指導者は、政権を維持する上で実質的支持基盤の好みにあった政策を行うことができる。

③勝利連合(winning coalition)

勝利連合は実質的支持基盤の中から選ばれた集団である。具体的には、政党や閣僚、あるいは軍の幹部たちである。政権の運営にとって欠かすことができない有力者集団であるため、政治的指導者によって様々な特権が付与される。

政治的指導者は、市民を満足させるgood policyや勝利連合への特権付与に関心を持つ。その際、政治的指導者の意思決定を左右するのは、勝利連合の大きさである。勝利連合が大きければ大きいほど、指導者は多くのコストを払って、私財ないし特権を与えなければならない。民主主義では、勝利連合のサイズが有権者のサイズと近くなっているため、指導者がコストを支払うのは公共財に傾向がある。他方、権威主義体制では、勝利連合や実質的支持基盤のサイズが比較的小さいため、私財(特権)を与える方が合理的になるのである。


Bueno de Mesquita et al.  (2003)は上記の権力支持基盤をゲーム理論および計量分析を用いて検証している。詳しくは、上記リンクを参照されたい。

本論文で、共産党の昇進の理論的説明で言及されるのが、まさに権威主義体制のエリートによる取り込みである。「経済業績」論は、社会の経済発展を要請する社会の声を前提とする点に特徴がある。それゆえ、より良いパフォーマンスを示う共産党員が昇進しやすいという論が展開される。しかし、本論文によれば、中国の権威主義的統治システムでは、社会の要請よりも、統治者の権力維持という側面が反映されているという。したがって、自分の権力基盤に近いグループに利益をもたらされる傾向があるとされる。

Shih, Christopher and Mingxing (2012)の論文では、「経済業績」論に対抗する説明が展開された。とりわけ、党員個人レベルのサンプルを用いて、昇進パターンをベイズモデルで検証する方法は、方法論的にも精緻なものとなっている。しかし、本論文でも以下の点が問題として指摘できそうである。

①派閥のコーディング

計量分析を行う点で、派閥の操作化が問題となる。地域研究の観点から言えば、本論文で示されるコーディングの方法が、中国政治における実際の権力関係を捉えているものといえるかは疑問が残る。というのも、どの党員がどの派閥に属しているかの判断は極めて困難だからである。Shih, Christopher and Mingxing (2012)では、「過去に派閥指導者と同じ職場で働いたことがある」などを指標に所属派閥のコーディングをしているが、実際の派閥関係を反映したものといえるだろうか?

 

②省レベル以下の分析

中央レベルでは、経済業績以外の要因が大きくなるかもしれないが、省レベル以下では、派閥的なつながりも希薄になる。Shih, Christopher and Mingxing (2012)では、派閥や教育水準の影響をコントロールする際に用いるのが、省レベルの経済指標である。とりわけ、省指導者は、「地方利益の代表」者と「中央政府の政治家」の利益を持っている。実際に、中央と省長の役職を兼任していることも少なくない。つまり、省指導者の昇進要因で、経済業績が弱くなるのは、ある意味当然である。省レベル以下の単位でも、派閥や教育水準などが党員の昇進要因となっているかどうかを確認するには、追加的な分析が必要である。