(備忘録)少数事例分析の方法論的考察—『国家はなぜ衰退するのか—権力・繁栄・貧困の起源を読んで—
今回は、『国家はなぜ衰退するのか』(Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty. 2012.)をたまたま読んだところ、少数事例分析について色々考え直すところがあったので、備忘録を兼ねて、考えを整理する。
国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: ダロンアセモグル,ジェイムズ A ロビンソン,鬼澤忍
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国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: ダロンアセモグル,ジェイムズ A ロビンソン
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/05/24
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著者の ダロン・アセモグルとジェイソン. A ロビンソンは政治経済学ないし比較政治学界隈では著名である。民主化研究でも、必ずといって引用されていたりする。
本書のテーマは、「なぜある国は経済的に繁栄し、他の国では衰退してしまうのか?」というものである。世界の国々における裕福な国々(アメリカやイギリス、ドイツなど)と貧しい国々(サハラ以南のアフリカ、中央アメリカ、南アジアの国々など)の経済的格差をもたらしした究極的な要因は何か、というのが中心的な問いだ。
結論から言えば、経済的格差をもたらす最も重要で基底的な要因は「制度」である。ある国家や社会において持続的な発展ができるかどうかは、その制度的枠組みが「包括的(inclusive)」か、それとは逆に「収奪的(extractive)」かによって規定される。
繁栄にとって重要なのは、社会の様々な集団がイノベーションや投資に対して動機づけられるようなインセンティブである。そして、そのようなインセンティブが生まれるのは、「包括的な経済制度」である。財産権の保護や公平な法体系、自由で公正な市場を担保する包括的経済制度の下では、人々が自分の才能や技術を最大限発揮できるのである。
経済の趨勢を規定するのは、経済制度であるが、どのような経済制度が選択されるかは、社会の政治制度に依存する。とりわけ、「包括的な経済制度」が実現するのは、政治制度も包括的でなければならない。「包括的政治制度」とは、十分に中央集権化が進んでおり、また、議会制民主主義のような多元的な政治制度を指す。
対照的に、経済・政治的制度が「収奪的」は、ごく一部の少数のエリートによる利益や資源の搾取が可能になる。それゆえ、社会の諸集団は、エリートによる抜き取りを予期し、、投資やイノベーションに対するインセンティブを持たない。また、エリートもイノベーションによる「創造的破壊」により自らの権力基盤が転覆されるのを危惧し、 包括的な経済制度を採用しないばかりか、権力によって経済成長で豊かになろうとする社会集団の活動を抑制しようとする。一度、この悪循環に陥ると、収奪的制度から包括的制度の移行は困難になる。
大雑把であるが、以上が様々な歴史的事例の比較分析を通して語られる。原書が2012年と既に5年前であることから、本書の書評等もWEB上で多く出回って、様々な考察もされていたりして、すでに様々なカウンターアーギュメントも存在する。それだけに、膨大なリサーチに基づいて本書が提示する仮説が触発的であることの証左であろう。
少数事例分析の方法論
ここでは、方法論的観点からアセモグルとロビンソンらによる比較事例分析に注目してみたい。
アセモグルとロビンソンは、歴史的事例に対する分析から、「ある国の政治経済的制度がその経済的繁栄を規定する」という一般理論を検証している。
一般に、社会科学(政治学に偏るかもしれないが)において、一般理論の妥当性を実証的に検証する方法としては、統計的分析のような量的分析と、少数事例分析などの定性的分析が対置される。
しばしば、少数事例分析では、外的妥当性の問題、つまり、その事例の観察で確認できても、他の多くの事例でも同様に確認できるかわからないことが指摘される。それゆえ、事例分析では、チェリー・ピッキング(数多くの事例の中から自らの論証に有利な事例のみを恣意的に選択する)や、事例ごとに他の要因を有無をアドホックに説明できたりする余地は否めない。
これに対して、量的分析は、多くの事例についての観察において、多数の変数間の関係を同時に分析することができる。そのため、量的分析は、少数事例分析の直面する「自由度」(degree of freedom)の問題を回避できる。多量の事例につて、統一された変数の影響を平等に考慮することができるので、統計的分析といった量的分析は、一般的な傾向を観察しやすいのかもしれない。
それでは、少数事例分析の意義とは何なのか。また、少数の事例では、効果的に因果関係を説明することはできないのか。
少数の事例であっても、方法論的に事例選択を正当化することは可能である。アセモグルとロビンソンは、「最類似システム・デザイン」(most similar systems design)によって、国家や地域における経済状況の差異を説明している。*1
「最類似システム・デザイン」(most similar systems design)では、比較する事例が、非常に似通っているのにもかかわらず、ある要因によって、異なる結果がもたらされた場合に、因果推論が可能となる*2
アセモグルとロビンソンは、アリゾナ州のノガレスとソラノ州ノガレスが、文化や民族、地理的といった点で非常に似ているのにも関わらず、両州を隔てる大きな格差が存在していることに着目し、その要因を制度であると論じた。また、中世における西欧と東欧の違いはほとんど存在しなかったが、制度的差異によってその後の経済的な運命が分岐したことを論じている*3
このように比較対象となる似たような観察対象が、異なる帰結を辿っている場合には、同様に異なっている残された要因から、因果推論を行うことができる。
量的分析の弱みから検討しよう。量的分析で示される因果関係 (causation)は、基本的にデータ上の相関関係 (correlation) に過ぎないということである。というのも、相関関係は、「原因Xが結果Yを引き起こす」と想定されていたとしても、実際には逆の因果関係が生じている可能性がある。あるいは、現実には因果関係がなくても、何らかの理由でデータ上に相関関係が観察されることもある( 疑似相関)。それゆえ、量的分析における因果関係の実証は、そこで想定される因果メカニズムが説得的であるか、どうかにかかっているといっていい。
これに対して、事例分析は、過程追跡 (process-tracing) などにより、理論(仮説)が想定する因果メカニズムが、個々の事例で実際にどのように起こっているかを詳細に検討することができる。
過程追跡は、原因(独立変数)と結果(従属変数)の間に介在する因果メカニズムを解明しようとする手法である。統計分析で示される 相関関係は、変数間の「傾向」を示すものであるが、定性的分析は、ドミノ倒しのように生じる原因と結果の間の因果の連鎖を詳述することで、因果推論を補完するのである。これは、一見論理的に一貫したような理論が、現実には全く別の因果メカニズムが働いていたというような因果推論上の誤認を回避したりするのに役に立つ。
また、因果メカニズムを重視する立場は、過程追跡によって、同一帰着性の問題も対処できるという*4。同じ結果に至っても異なる因果経路が存在する可能性があり、事例分析での過程追跡は異なる因果メカニズムを捕捉できるのである。
アセモグルとロビンソンは、経済的繁栄を根源的に左右するのは、政治経済的制度であると論証する。これらの説明は、経路依存性に基づいている。歴史的な「決定的分岐」(critical juncture)と連動しつつ、初期の制度的差異が、その後の命運が決定する。
アメリカ合衆国とメキシコの差異を論じる中でもその動態的なメカニズムが描かれている。
新大陸が植民地化されたときに、スペインは、当時の強大国だった。人口密度の高い地域に進出し、黄金を略奪した。現地住民を強制的に労働させ、アステカやインカでは、エンコミエンダ制度といった収奪的制度成立した。ナポレオンのヨーロッパ帝国が崩壊した時に、スペインでは国民主権やあらゆる特権、強制労働の廃止を含む憲政改革が模索されたが、南米のエリートは抵抗し、独立した。メキシコは50年間、政情不安に陥り、植民地時代の経済制度が温存された中で、経済的なインセンティブや創造性が抑圧された。
他方、当時弱小国だった英国は、植民会社は原住民の強制徴用に失敗した。そこで、ヨーロッパ系の入植者から搾取しようとしたが、入植者もそこから逃げ出す選択肢もあった。それで、植民会社は、土地の所有権と政治的権利といった経済的なインセンティブを入植者に与えざるを得なかったのである。これがアメリカの包括的制度の起源である。南北戦争といった内乱を経てもこの包括的制度は生き残った。メキシコと異なり、独占的に利益を得ようとする政治家も、選挙をはじめ包括的な政治制度により排除された。
以上、『国家はなぜ衰退するのか』から少数事例分析の意義を改めて考えてみた。少数事例であっても、その事例選択を説明・正当化するリサーチ・デザインは可能である。また、因果メカニズムの分析においては、事例による詳述が有効である。事例研究は通して、新たな仮説の構築や理論の改善に寄与することもある。無論、少数事例分析には、限界も存在するが、量的分析と相互補完的に研究を行うことは重要であろう。
関連文献
- 作者: アレキサンダージョージ,アンドリューベネット,Alexander L. George,Andrew Bennett,泉川泰博
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*1:古くは、ジョン・スチュアート・ミルによって定式化された「差異法」(method of di erence)に由来する。また、同様に、ミルの「一致法」(method of agreement)は、「最相違システム・デザイン」(most different systems designs)と称され、二つの国ないし地域が、多くの点で非常に異 なっているにもかかわらず、考察対象となる現象では同じ状況が生じている場合に利用できる。
*2:対象比較のメリットに関しては、Tarrow (2010)が詳しく論じている。
*3:とはいえ、一般書向けな体裁からか、本書では多くの事例分析で、対象比較のようなリサーチ・デザインになっていることを説明している箇所は少ない。ただ、元の研究では、事例選択が吟味されているようである。
Natural Experiments of History
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*4:詳しくは、Geroge and Bennet (2013) を参照。