「ゴム印」議会に所属する見返り

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American Political Science Reviewに掲載されたRory Truex. 2014. "The Returns to Office in a “Rubber Stamp” Parliament". を雑にまとめる


民主主義国家を対象として、議会で議席を得ることで在任者がどのような恩恵を受けるのか研究されてきた。Eggers, A. C., and J. Hainmueller (2009)は、イギリス議会に対する歴史的分析を通して、保守党の代議士は政治的影響力で巨額の富を得ていると指摘する。代議士になることは、落選者よりも、生涯を通じて富を二倍にするという。

権威主義国家においても、議会で議席を持つことが在職者に利益をもたらすことが推察できる。しかし、議会のメンバーシップとその便益を巡っては民主主義国家と異なる点が存在する。すなわち、権威主義体制の文脈では、議会のメンバーシップがもたらす便益が、体制の正統性と関わっている点である。「反対者の取り込み」論 ( Co-optation Theory) では、独裁者が潜在的な反体制勢力を政治過程に取り込むために立法制度を作りだすと論じられる (Gandhi 2008; Gandhi and Przeworski 2006, 2007)。また、「権力支持基盤」理論 (Selectorate theory)では、権威主義体制はレント(私財)を供給し、少数の支持基盤勢力を体制内のポストに囲っていると論ずる (Bueno de Mesquita et al. 2003, 2008)。


「反対者の取り込み」理論 と「権力支持基盤」理論は、権威主義体制に対する記述の仕方に違いがある。とりわけ、権威主義体制がコストを払ってレントを分配するのは、潜在的な反体制勢力なのか、あるいは、体制の支持層なのかで理論の前提が異なる。しかし、いずれにせよ、権威主義体制が関係するアクターの協力を促進する上で、議会のような立法機関をレントないし政治的影響力がもたらされる舞台とする見方は共通している。

 

本研究対象の中国に話は映る。

中華人民共和国憲法は人民代表大会 (National People’s Congress :NPC) を唯一の立法機関と位置付けている。多くの先行研究では、人民代表大会は代議機関としてはほとんど政治的影響力を有していないことが指摘されてきた。つまり、人大の在任者は、中国各地の人民を代表する立場にあるが政治的影響力に乏しい。それゆえ、「ゴム印」(人大は党の決定を拍手喝采で礼賛し、追認するだけ)と揶揄されてきた経緯がある。また、中国共産党は人大代表者の汚職を日常的に取り締まり、代表者自身には何の見返りもないとされてきた (O’Brien 1994)。

 Agents and Remonstrators: Role Accumulation by Chinese People's Congress Deputies on JSTOR

 

人大は政治的役割に乏しい。しかし、先行研究から示唆されるのは、権威主義体制が正統性を保つために、各アクターにレントを分配する人大の制度的側面である。そこで、Truex (2014)は、以下の問いを立てる。

Research Question:

・Are there “returns to office” in authoritarian parliaments?
・If so, how exactly do representatives and their affiliates obtain benefits, given that these institutions are so highly constrained?

 

そして、実際に中国の立法機関である人民代表大会の議席を持つことが在職者にいかなる利益をもたらすのかを検証した。その検証には、約3000人の人大代表およびその人大代表が経営者を務める企業情報を含んだ金融データを用いる。そして、「経営者が人大代表であるか否か」と「企業業績」間の因果関係を検証した。検証の結果、経営者が人大に議席を持つ企業の利益は、そうでない企業よりも、ある1年で統計的に1.5ポイント高い。また、営業利益率は3〜4%高い。

 

データ

検証に用いた二つのデータセットは以下の通りである。

①the NPC Deputy Database (NPCDD)
第11全国人民代表大会(2008-2012)における約3000人の人大代表に関する情報から構成されたデータセット。年齢、性別、共産党員か否かなど、収集可能な人大代表の個人情報も含む。筆者により、ネット上や新聞紙からで公開されている人大代表の情報を収集し作成。

②the COMPUSTAT financial database
企業の金融データ(株高、収益、国有化否か、産業区分、負債、納税額)を含む。ソースは以下より。

Wharton Research Data Services 


分析手法


筆者は、企業を処置群と統制群に割り当てた。そして、両グループを比較し、処置変数(人大代表が経営者であること)の企業業績(総資産利益率ROAと営業利益率MARGIN)に対する平均因果効果を推定する。また、筆者は分析において「差分の差分」(difference in differences: DID)アプローチの問題点を強調している。

 

As mentioned in the Introduction, researchers em- ploying this sort of difference-in-differences thinking must argue that in the absence of the treatment, the average change in the outcome variable would be equal across both groups. This “parallel trends” assumption often appears problematic. Indeed, for this analysis, the raw data would not make for a particularly convincing counterfactual.(p.239)


この記事でも述べたように、DIDで必要になるのが「平行トレンド」の前提である。すなわち、もし仮に「処置」がなければ、両グループの従属変数(企業業績)の平均変化は一様になる、という前提である。しかし、「平行トレンド」が存在するかの検証は不可能である。というのも、反実事実的な推論を行う以上、処置を受ける前の状態、つまり、統制群中の企業の経営者が人大代表でなかった場合の企業業績は観察できないからである。

そこで、筆者が用いるのは、"entropy weighted fixed effects design"である。これは、加工前の処置変数を用いた分析に施されるマッチング手法である。「平行トレンド」の前提は、処置群と統制群が処置を受ける前の時点で、よく似ている方が満たされやすいことが知られている。そのため、筆者は処置を受ける前の金融に関する共変量(株高、収益、国有化否か、産業区分、負債、納税額)で、処置群とよく似た統制群を選び出している。したがって、”entropy weighted fixed effects design"によって、DIDに付随する「平行トレンド」の問題を最小限に抑え、処置変数だけがもたらす平均因果効果を正確に推定できるのである。

 


人大代表と企業業績の関係

分析の結果、人大を代表になることは企業業績の上昇と統計的に有意な関係があると確認された。つまり、人大の議席を持つことは、少なくとも企業業績という形で利益がもたらされることを意味する。では、人大代表が企業業績を上昇させるメカニズムとは一体何か?筆者は二つのメカニズムの可能性を指摘する。

①Formal Policy Influence
第一に考えられるのは、人大代表の企業経営者が、議席を持つ強みを生かして、自社に有利な政策を推進している可能性である。実際、人大代表は政策に対して発議権を有している。

そこで、筆者は、2008年から2010年の人大代表による発議(1939件)に対して、その中で企業経営者を兼ねる代表が自社の利益に沿って意見や動議、提言を行なっているか分析した。

 

人大代表の発議内容に対する分析の結果は、次の通りである。「企業経営者である人大代表」は「ビジネス環境の改善」をはじめとして経済関連のトピックスに対して発議するような傾向が見られれなくもない。他方、「企業経営者ではない人大代表」は「地方の発展」や「雇用」「教育改革」等の問題で発議をしている傾向があるように思える

下線部から伺えるように、人大代表の経営者が自社に有利な発議をしているかは微妙なところである。また、企業単位レベルのトピックに発議が集中している傾向は一切見られなかったという。そもそも、人大代表の経営者は「産業全体レベル」で何かしらの政策的影響力を行使することができるかもできないが、その発議は必ずしも特定の一企業(自社)の利益を支持できるとは考えにくい。それゆえ、筆者は人大代表が企業業績を上昇させるメカニズムとしてFormal Policy Influenceは妥当ではないという。

 

②Positive External Perceptions
第二に考えられるメカニズムは、人大のメンバーシップによって自社の評判が高まるというものである。筆者によれば、人大のメンバーシップは良好な経営状況や政府官僚とのつながりを象徴するシグナルとして外部に受け取られ、投資やビジネス関係を促進する“reputation boost” になるという。

 


One observable implication of the external percep- tions mechanism is that stock prices should move in reaction to news about NPC membership. If outsidersreally do take NPC membership as a positive signal, firms that gain NPC membership should experience better stock performance in the period immediately following the announcement of this information.17 This type of event study has been used in previous research to measure the financial benefits of political connec- tions (Ferguson and Voth 2008; Fisman 2001; Goldman, Rocholl, and So 2009).

 

「外部の評判効果」メカニズムに関しても、筆者は人大代表の企業経営者とそうでない経営者の企業株価の変動(2007-2008)を比較し、検証している。検証では、処置群と統制群で株価は同様に推移していたが、2007年12月に人大代表者の名簿が発表されて以来、処置群の株価推移には、統制群との平行な推移を逸脱するような上昇傾向が確認できるという。したがって、筆者は人大代表権と企業業績の関係には「外部の評判効果」メカニズムが存在すると結論づけている。

 

まとめ

Truex (2014)は、これまで「ゴム印」としてみなされてきた人民代表大会に、体制側が各アクターにレントを分配する制度的側面があることを実証した。
比較政治学では、権威主義体制が有する「名目的な民主的制度」がレントの供給に一役買っていることはこれまで指摘されてきた。他方、中国の地域研究では、人民代表大会の代議機関としての機能に対する関心は依然低い。しかし、中国の地域的文脈に即した観察を取り入れながらも、計量分析を行うことで、比較政治のみならず地域研究の先行研究にも資するような考察がなされた点で意義深い。

また、方法論の観点でもDIDを無分別に使うのではなく、データの性質を考慮して分析方法を精緻に議論しているのは注目できる。

 

以上を踏まえ、以下のような疑問も抱いた。

①逆の因果経路の可能性
Truex (2014)では、「人大のメンバーシップが、企業業績の上昇をもたらす」という因果関係を結論づけている。確かに、株価の推移に関する分析では、「株価の上昇」に先立って「人大代表者の発表」が先行しているが、企業業績を決定ずけるのは株価だけではない。むしろ、これまでの先行研究、とりわけ地域研究では様々な政治的・経済的リソース持つ人物が人大に選ばれると考えられてきた。そのため、「企業業績がよい経営者ほど人大に加わりやすい」という逆の因果経路の可能性は看過できない。Truex (2014)は、逆の因果経路の可能性を指摘してはいたものの、結局、その可能性を払拭できたとする根拠は曖昧にみえる。

②レントを供給する体制側のインセンティブが不明確?

この研究のメカニズムの説明によれば、人大のメンバーシップが結果的に「外部評判」により利益をもたらすということを意味する。先行研究のように立法機関での政治過程にアクターを参加させるという体制側の制度設計のインセンティブが不明確になる。それゆえ、先行研究の理論との一貫性にやや欠けるような気もしなくもない。



onlinelibrary.wiley.com

 

Political Institutions under Dictatorship

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The Logic of Political Survival (MIT Press)

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  • 作者: Bruce Bueno de Mesquita,Alastair Smith,Randolph M. Siverson,James D. Morrow
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