中国における政治的キャリアと経済パフォーマンスの関係

政治学、とりわけ民主主義国家において、政治的指導者のと経済パフォーマンスの関係に関する研究の蓄積は厚い。

 

例えば、有名な「経済投票」(economic voting) 論では、有権者は政治家の経済業績をみて、投票するかどうかを判断する。

Lewis-Beck and Stegmaier (2000)は、財政状況が政治家の再選確率に影響することを示した。また、政治家でなくても、Feiock et al. (2001)は、1970年代から1990年にかけてのアメリカの都市のパネルデータを用いて、一人当たりGDP成長率が高いほど、行政官が罷免されにくくなることを示した。

 

 

上記のように、経済パフォーマンスが政治的指導者のキャリア(罷免されずに在職を続けられるか、あるいは昇進できるか)に影響することは民主主義の文脈では盛んに研究されてきた。より良い経済パフォーマンスを達成した政治的指導者に市民が支持をするのは直感的に受け入れやすい事実である。

しかし、中国をはじめとする選挙の存在しない権威主義国家では、経済パフォーマンスはどれほど政治的指導者のキャリアに影響するのであろうか?そこで、今回紹介するのは、中国における政治的指導者のキャリアと経済パフォーマンスの関係に関する研究である。

 

今回、まず紹介するのはJournal of Public Economicsに掲載されたLi Hongbin &Zhou Li-An (2005). Political turnover and economic performance: the incentive role of personnel control in Chinaである。

 

Political turnover and economic performance: the incentive role of personnel control in China - ScienceDirect

 

本論文で論じられるのは、中国における政治的指導者の転出(political turnover)と経済パフォーマンスの関係である。political turnoverというのは、ある現職の政治的指導者が他のポストに左遷や昇進すること、あるいは引退してしまうことなどを指す。

 

競争的な選挙の存在しない中国では、ある政治的ポストに関する人材の任命は、上層部の意思決定に委ねられる。そして、本論文では、権威主義体制の中国においても経済パフォーマンスが政治的ポストへの人材雇用に関する重要な判断基準になっていることが論じられる。

確かに、鄧小平時代以降、中国は経済成長を著しく成し遂げ、各種の制度化も進展した。その際、政治的指導者のキャリアも実力主義(meritocracy)に沿ったにものになったと主張されてきた。

それでは、実際に中国の政治的指導者は、経済パフォーマンスに応じて、昇進しているのだろうか?


そこで、Li&Zhou (2005) は、1975-1995年の中国の各省254の政治的指導者(省委書記・省長)のturnoverおよび各省の年間GDP成長率からなるパネルデータを用いて計量分析を行なった。分析の結果、年間GDP成長率、すなわち経済パフォーマンスが高ければ高いほど、各省の政治的指導者のturnoverが起こりやすいと論じられている。

 

ここで、注意したいのは、turnoverは必ずしも昇進を意味するものではなく、政治的指導者の自然死や左遷、引退も含んでいることである。しかし、Li&Zhou (2005)はデータ上の一つひとつのturnoverに目を通し、概して、中国の省レベル政治的指導者のturnoverのほとんどが「昇進」であることから、経済パフォーマンスの高さが昇進の可能性を高めていると結論づけている。また、パネルデータには、政治的指導者の年齢や学歴などもカバーしており、年齢や学歴の影響以上に経済パフォーマンスがその政治的指導者の昇進に大きく関わっているという。

 

また、省レベル以下の研究でも、地方政府でも経済パフォーマンスが政治的指導者のキャリアにとって重要であることが論じられている。

 

Guo (2007)によれば、中国では県および県級市 (1995-2002) のパネルデータを用いて同様の計量分析しても、経済パフォーマンスは政治的指導者のキャリアに統計的に有意に影響しているという。つまり、経済パフォーマンスが高ければ高いほど、中国における地方政府の指導者はturnovr (昇進) しやすいというのである。また、中国の政治システムでは、省レベル以下では、より経済管理権限が分権化されている。そのため、経済パフォーマンスを追求する政治的指導者のインセンティブも顕著だと論じている。

 

本記事では、中国における政治的指導者のキャリアと経済パフォーマンスの関係に関する研究の一部を紹介した。冒頭でも述べたように、民主主義の文脈では経済パフォーマンスの関係を取り上げた研究は多い一方で、権威主義体制に着目する研究はまだ少ない。また、中国研究においては、1970年代後半の「改革開放」以降、中国共産党階級闘争よりも能力主義を重視するようになったと論じられてきた経緯がある。そして、今回紹介した研究は、能力主義的観点で中国の政治的キャリアを実証分析した点で意義があるだろう。

他方、中国の政治的キャリアを決定づける要因として、まだ看過できないのは非制度的な人間関係である。つまりは「コネ」である。中国語でも「関係社会」と称されるように、中国社会では、社会の立身出世において「コネ」が重要とよく言われる。Li&Zhou (2005) やGuo (2007)も、政治的指導者の業績以上に、特定の派閥に属していることが政治的キャリアにとって重要である可能性は否定していない。

そこで、次回は中国の政治的キャリアに影響を及ぼす要因として、派閥をはじめとした「非制度的な人間関係」に着目した研究について見ていきたいと思う。

 

Guo, Gang (2007). Retrospective Economic Accountability under Authoritarianism Evidence from China. Political Research Quarterly 66(3). pp.378-390.

 Lewis-Beck, Michael S., and Mary Stegmaier. 2000. Economic determinants of electoral outcomes. Annual Review of Political Science 3 (1): 183-219.

Feiock, Richard C., James C. Clingermayer, Christopher Stream, Barbara Coyle McCabe, and Shamima Ahmed. 2001. Political conflict, fiscal stress, and administrative turnover in American cities. State and Local Government Review 33 (2): 101-8.

Lewis-Beck, Michael S., and Mary Stegmaier. 2000. Economic determinants of electoral outcomes. Annual Review of Political Science 3 (1): 183-219.