Social Policy and Regime Legitimacy: The Effects of Education Reform in China

 

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American Political Science Reviewに掲載されたLü (2014) Social Policy and Regime Legitimacy: The Effects of Education Reform in China. を紹介する。
著者Lü Xiaoboはテキサス大学政治学の教授である。主に計量分析やゲーム理論など科学的な分析手法を用いて主に中国を事例に権威主義体制(非民主主義体制)の研究を行なっている。

 

 

本論文では、(擬似)実験的手法を用いて、中国の社会政策(教育費の無償化)が中国の国民の政府に対する信頼にどのような影響を与えたか分析している。

 

社会政策がもたらす市民の政治的態度に対する影響は非常に複雑である。中国のような権威主義体制にとって、政府への市民の支持を取り付けることは重要である。しかし、市民に有益な社会政策を積極的に実施しても、必ずしも政府に対する信頼が高まるというわけではない。

そこで、本論文では、社会政策がもたらす政府に対する市民の態度への効果は、市民の「政策意識」に左右されると論じられる。そして、中国において、市民の「政策意識」の形成に大きな関わるのは新聞やテレビなどのマス・メディアであるとされる。

 

本論文の概観は次の通りである。

2006年以来、中国政府は教育費の無償化に乗り出した。義務教育9年間(小学校から中学校)における教育費が撤廃が、市民の政府に対する信頼にどのような影響を与えたかを本論文は検証する。

 

教育格差への考慮から、教育費の撤廃は、2006年に中国の西側農村部から始まり、2007年には大陸中央部の農村部、そして2008年には都市部に及んだ。

地理的および時間的にも三段階に分けて、政策が実施されたため、政策を実施した前後で市民の反応を比較することが可能になった。

そこで、この擬似的な実験的状況の下で、2004年と2009年に実施された「不平等および分配の不公平に対する中国人の態度」というサーベイデータを用いることで、この社会政策の効果を検証する。


この検証には「差分の差異法」(differences-in- differences (DID) )を用いる。DIDに関しては、ここでは詳述は割愛するが、ごく簡単に説明すれば、政策の有無、つまり、処置前(時点0)と処置後(時点T)を比較して、処置(この場合は教育費の無償化)の効果を推定する。DIDを用いる際には、「平行トレンド」(もしも、処置がなかったとしても、比較対象と同様の変化をしているであろう)という仮定が必要である。以下で簡単に説明されているので参照されたい。

 

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検証の結果、教育費の無償化は確かに政府に対する市民の信頼感を高めているようである。しかし、どのようなメカニズムで市民は社会政策に対する期待を高め、それがどのように政府に対する信頼につながるのか、というのが問題となる。著者はその問題の答えを市民の「政策意識」(policy awareness)に求める。つまり、社会政策の内容や成果を市民がちゃんと意識していることで、はじめて社会政策は政府に対する信頼も高まるのである。そして、そのような市民の「政策意識」に醸成においてマスメディアが重要な役割を果たしていると論じる。

著者が追加的な分析で明らかにするのは、市民の政策意識(2009年の調査で計測)が高いほど、政府に対する信頼が高まるということである。これは、18歳以下の子供がいる家庭、つまり、義務教育費無償化の恩恵をより得られる家庭かどうかに関わらず、政府への信頼を高めることが指摘されている。


また、著者は「社会政策のメディアへの露出度」(教育費無償化が新聞で取り上げられる回数を集計し計測)が、市民の「政策意識」ないし「政府に対する信頼」にどのように影響するかも検証した。検証の結果、メディアで取り上げられるほど、市民の政策意識は高まるという。さらに、興味深いのは、メディアが「政府に対する信頼」に与える影響は、中央政府と地方政府で異なっていたということである。中国では、公共財や公共サービスの提供においては、大々的に分権化しており、教育の実施も地方政府が担っている。しかし、社会政策を報じてメディアが強化するのは「中央」政府への市民の信頼である。

 

ここには、興味深い示唆がある。筆者によれば、市民が社会政策を参照できる中国の主要なメディアは中央政府直属であり、つまり、ある社会政策を推進するのにあたって、社会政策の成果は中央政府の手柄として報じられ、一方で社会政策が失敗した際には、地方政府が責められるように報じられている可能性があるのである。

つまり、政策実施のアカウンタビリティが分散しているような状況は、統治者には都合の良い側面もあるかもしれない。反腐敗闘争等で、地方の政治家が度々やり玉に上がるように、中国の中央政府にとっては、地方政府よりも相対的によい評判を得ることは政治的な正統性を維持する上でも有益であるといえそうである。Cai (2008)も述べるように、多層的な中国の政治体制が、権威主義的な統治の安定化につながっている可能性がある。

 

ここまで見てきたように、本論文では社会政策が政府に対する市民の信頼にいかなる影響を与えるかを検証した。確かに、教育費を無償化するなど、社会政策によって政府は市民の支持を獲得できるが、社会政策の効果は市民の「政策意識」に依存すると言えそうである。

また、中国における中央・地方関係の非対称性に関しても示唆が深い内容である。

 

しかし、検証においては、ほんとに実験的状況になっているかやメディアの影響もニューズ記事によってのみしか推定していない点など、気になる点も多い。

権威主義体制下における市民の政治的態度は今盛んに研究されているため、今後も追っていきたいところである。

 

 

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